子どもと大人,  思い付き,  活動報告

一人一人を大切にする

1 美しい言葉

 皆さんは、施設でのお仕事が非常に広い範囲の役割を担っていることをよく知っています。洗濯や掃除、衣類を整理、施設の管理をなどの作業から子ども達の生活に係わる事務や記録、レポート、ご家族や学校などとの調整、というふうに、体力や筋力を使う役割から、知識と技術を使う知的な労働まで幅広く及んでいます。そして、なによりも子ども達のお世話を通じて、触れあうという重要な役割があります。私は施設での職員のこのようないろいろな仕事を関係という言葉で説明できるのではないかと思っています。福祉というのは所詮は個人の問題です。貧困であれ障害であれ、突き詰めれば「その人」がどうかということなのです。福祉の問題を全体として規定したり対応したりすることが難しいということなのです。
 施設も福祉の方法のひとつですから、福祉が個別の問題ということは、たとえ50人の子ども達でも100人の子ども達でも一人一人が単位ということです。でも、「一人一人を大切にする。」というような言葉は良く聞く言葉ですが、実際にどうすることかというと解りにくい側面があります。例えば「一人一人を名前で呼ぶ」というのも実際的な方法のひとつかも知れません。また、属性で扱わないという考えもあります。つまり、「あなたは○○ホームの人だから」とか、「この人は知的障害児だから」という付き合い方のことです。

 つまんない経験ですが、盲ろうあ児施設で働いていた時に「盲部の人こっち、ろうあ部の人こっち」と職員が説明していて驚いたのを思い出しました。先輩で上司が子どもを見かけて「重度棟の子どもが廊下に一人でいるよ」というのもありました。

 私たちがよく使う「主体性を尊重する」というのはその人の属性を含む、能力や適性、人柄、機能等々のすべてを尊重するということなのです。一方で施設の生活というのは集団での生活です。「集団生活だから一人一人を大事にすることが難しい。」と主張する人もあります。そういう人たちへの反論のために「集団の中の個別的配慮」という言葉を私は使います。では集団の中での個別的配慮というのはどうすることなのでしょう。

2 集団の中の個別的配慮

私は「集団の中の個別的配慮」を説明す るときに客商売、例えばレストランやお酒を飲むスナックなどの水商売をモデルにします。ウェイトレスであれホステスであれ、自分の店に来た人を一括してお客と認識しますが、お客の方は一括して扱われることを望んでいません。ですから、ウェイトレスやホステスは店内全体の雰囲気や状況を確認しながら、一人一人の客を確かめています。どの客がオーダーをしようとしているのか、どの客がお水のお代わりを必要としているか、どの客が帰ろうとしているか、といったようなことです。皆さんがお客としてレストランに入ったときに、こちらから呼ばなくてもタイミング良く、さわやかに注文を聞いて、間違わないというのが感じのいいウェイトレスということだと思います。ウェイトレスは、お商売ですから、上手に集団の中の個別的配慮ができないときちんと(たくさんの)給料がもらえません。つまり、「集団の中の個別的配慮」を仕事として求められ、遂行しているということなのです。
 ところが、どうも私たちは言い訳がましいところがあります。集団の中の個別的配慮とはいっても、「〇〇なので、できません。」とか「無理です。」と答えることができるからです。「集団生活だから」とか「人手が足りない。」といった出来ない理由を探すばかりで、「出来るための方法」はなかなか考えようとしないのが現実です。「施設ではなかなか個別化が出来ない。」という話も聞きます。施設で生活している子ども達の振る舞いを見ているとそんな職員の嘆きも嘘のように思えます。子ども達は障害が重くても軽くてもそんなこととは、関係なく一人一人の子どもが多くの職員を個別化して、職員によって対応を変えているという事実があります。私たちがお世話をしている知的障害児でさえ日常的にできていることなのです。私たちのような専門家と呼ばれる人たちがこの程度のこと、つまり、相手によって対応を変えるということが出来ないということはありません。そして、職員の皆さんも相手によって自分の態度を変えているのです。

 上司と話すときと同僚と話すとき、子どもと話すときとその親御さんと話すときは違うはずです。「私は誰と話すとぎでも同じです。」と主張する人もあるかも知れません。それは「同じである」ということが妙なことで自然なことではありません。私たちが求められている「集団の中の個別的配慮」とか「集団の中での個別化」というのは、相手によって自分の態度を変えるという程度のことです。特定の時間と特定の空間を設定して、一対一で過ごすというような大袈裟なことではありません。何人もいる子ども達一人一人の適性や能力、人柄を知ってそれに応じた対応をするということが求められているということなのです。

3 関係を大切にする

 前置きが長くなりましたが、相手が何人いようと一人一人の人を大事にするというのは、一人一人のその人との関係を大事にするということだと考えることは出来ないでしょうか。それは子ども達は私たちの態度で変わるという事実があるからです。一対一での場面を想像してください。もしも、私がプンプンと怒ったような態度で子どもに接するとき、子どもは恐れたり、怖がったりします。でも、ニコニコとその子どもの動きに付き合ってあげるとさまざまなな表情や動きを見せてくれます。そんな経験を皆さんは持っていると思いまず。これは私やあなたの態度がその子どもに影響を与えたということなのです。

 笑顔のあなたと笑顔になった子どもの気持ちがつながっているということ、つまり、私やあなたとその子どもの「関係」の問題なのだと思います。そのような意味で一人一人を大切にするというのは「一人一人の人(子ども)との関係を大切に大するということ」なのだと思うのです。

 「一人一人を大切にする」は、美しい言葉なのですが、実際に「一人一人との関係を大切にする」と読み替えるというのが主張です。でも、実際に「一人一人との関係を大切にする」ことにチャレンジするのはなかなか難しいことだと思っています。「関係を大切にする」というのは、どうも「嫌われないこと」でもないし「好かれること」でもありません。

 ほとんどの大人はあらかじめ知っているのですが、職場であれ学校であれ、あるいは家庭でさえ「人間関係」というのは、とても面倒で厄介、そして難しいものなのです。そして、施設の職員は、それを子どもを相手として、「関係を大切にする」というチャレンジを日々取り組んでいるということなのです。

 「子どもは未完成だから、教えてあげなければならないのだ」と考えたら割と楽なのですが、やはり子どもは何歳であって、その時点では完成されているので大人との関係にそれほどの配慮はしてくれないものです。だから子どもの施設で働くことは、楽しいばかりのことじゃないのです。子どもと一番距離の近い施設職員の苦労を子どもともう少し距離のある施設長とか児童相談所の方々は、その苦労をもう少し分かってあげないと施設職員の立つ瀬がないのです。

2024年4月26日   和泉屋与兵衛 代 表 西井啓二

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